本堂

不動明王(ふどうみょうおう)
不動明王大日如来の化身 として、明王のなかでは最高の位を与えられ、また 五大明王の中心でもあります。

階段の壁には本堂仏のお前立ちとして

不動明王のお姿が画かれています。


  

本堂の仏さま                        本尊 五大力不動明王
脇佛 降三世明王
軍荼利明王
大威徳明王
金剛夜叉明王
愛染明王
十一面観音菩薩
地蔵菩薩
阿弥陀如来
弘法大師

護摩堂
護摩堂
本尊 不動明王
脇佛 神変大菩薩
前鬼

後鬼

聖天
弘法大師
理源大師

護摩木は、通常、本堂正面、寺務所にて書くことができます

書き上げた護摩木は一番近い護摩修行日に焚き上げます

観音堂
観音堂
本尊

聖観世音菩薩

 

 

 


観音堂には、聖観音菩薩像を祀り、観音さまのお姿に合わせて、天井には六十枚の手書きの花の絵が納められています。

脇の棚には、ご先祖様のお位牌を安置し、お供養を勤めています。

鎮守堂
祭神 龍神
白鹿霊神
龍神(りゅうじん) 【白鹿霊神お前立ち】
龍神のお姿は、角は鹿、頭は駱駝(らくだ)、眼は鬼、あるいは兎、身体は蛇、腹は蜃、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似るという。また口辺に長髯をたくわえ、喉下には一尺四方の逆鱗があり、顎下に宝珠を持っていると言われています。

白鹿霊神(はくしかれいじん) 【当山鎮守】
平安の昔、弘法大師が全国巡錫の折、兎我野(とがの)の地に錫を止め、不動明王を刻まれ当山を開基された、と伝承されています。
その折、仁徳天皇ゆかりの鹿が、大師の夢枕に立ち、「もし私を信ずる人がいるのなら、吉凶禍福の前兆を夢で示し、種々の厄難から逃れるよう導きましょう」とお告げをされました。
大師は、この鹿に菩薩の戒を授け白鹿霊神の神名を與えて当山の鎮守とされました。
爾来1千百数十年白鹿霊神は、『お鹿様』或いは『夢の白鹿霊神』と称して信仰を集めて参りました。
毎年11月3日には白鹿霊神祭として柴燈大護摩供法要を厳修しています。
不動寺は昭和41年まで大阪市北区兎我野町にありました。


日本書記に兎我野での仁徳天皇と鹿の記述があります。

 

 

柴燈護摩道場
当山では、毎年11月3日に鎮守白鹿霊神祭を行い、護摩道場に於いて、紫橙大護摩供並びに火壇勧頂(火わたり)を修行致しております。

紫橙大護摩とは、山伏修験の行者が大地に炉を作り、薪を組み上げ、柴を炊いて修する護摩法であります。

 

英霊墓
お迎えに来られた遺骨は遺族の方に返還し、お迎えの無い遺骨はすべて英霊堂に安置し、朝夕に敬弔感謝の祈りを捧げてまいりました。
しかし、昭和二十年六月一日の空襲によって、当山諸堂宇は悉く灰燼に帰してしまいました。
 旭照和尚は、焼け跡より遺骨を収集し、仮安置所を作り、その後も遺骨送還の途中安置所の活動は継続し、約三千柱余の遺骨は、昭和二十六年一月に再建された英霊堂に安置されました。
 合わせて、大阪大空襲の戦災被災者遺骨も納められました。
 以来当寺では、大東亜戦争開戦日十二月八日に英霊総供養法要を行い、また、毎月八日の護摩法要においては、恒久平和を祈念し続けています。  合掌

 

 

納経所    

西門から入ったところにあり、北側に観音堂が隣接

 

 

 



不動寺は近畿三十六不動尊霊場ならびに

摂津国八十八ヶ所第八番札所です